十五神社(じゅうごじんじゃ)(氏子内)
通称 上の宮(かみのみや)(かんのみや)

 
貞觀9年(西暦867年)当地方に牛の疫病が流行し、その上、長雨が1ヶ月以上も降り続いた。人々は大変困り果て鹿児の庄の曹主 阿志 良輔を中心として大和の国の15カ所の神社に参拝し天候の回復を祈願したところ長雨もやみ大豊作となった。
人々は大変喜び貞觀10年(西暦868年)春、15の各社の神々を当地にお迎えしてお祭りしたのが起源である。

旧社殿                   新社殿
 
御 祭 神
大日霊貴神 健御賀豆知命 品蛇別命 蛭子命 大年神 大物主命
猿田彦神 
天穂日命 大己貴命 少彦名命 素盞鳴命 底筒男命
倉稲魂命 彦狭知命 埴山姫命
  御祭神一覧 
 
 
延喜元年(西暦901年)、菅公筑紫下向の途中、当社に参拝、海上の平穏と万民の幸福を祈願された。
長和元年(西暦1012年)、北野天満宮より菅公のご神霊をお迎えして当社のかたわらに小祠を建ててお祭りしたのが現在の浜宮天神社の起源である。
 
境内地遺跡
安田構居(砦)跡 歴史書、播磨鑑に記されている。
加古庄 在安田村 領主ハ魚住 赤松政村ノ時代也
(室町 戦国時代)
  
鎮座地  加古川市尾上町安田 423 
      国道250号(明姫幹線)安田の交差点 北